臭いで呼び起こされる記憶~芝のにおい~

マインド

梅雨空の今日。

じめっとした空気、ぽつぽつ降り始める中、駅までの道をコツコツヒールで歩いていた時、ふと道端の植木を剪定していた作業員の近くを通った時、もわっとした空気とともに草木の青臭いにおいがした。

ふとアメリカ時代の記憶がフラッシュバックする。

人間は五感の中でも嗅覚だけが記憶をつかさどる海馬という脳の部位に直接的に信号を送ることができるという。海馬は様々な記憶を保管する機能を持つため、においをかぐことで深く関係する記憶のファイルを見つけ出し、当時に感じた喜怒哀楽などの感情を合わせて呼び起こすという素晴らしい仕組みを持っているらしい。

この機能を逆手に取ると、五感とともにインプットした知識はめったなことでは忘れない。特ににおいと記憶、感情はセットなのだ。

私にとって、むっとした湿度の高さ+高い気温+草=アメリカの夏である。

数週間ごとに家の前の広い庭の草刈りをする父の姿を見ながら兄弟で走り回って遊んでいた休日の夕暮れ時。宿題後に学校のプレーグラウンドで友達と夢中で鬼ごっこをした記憶。休日のただっぴろい公園にてピクニックをした記憶。そしてまだ暑さ残る8月の半ば過ぎにドキドキしながら迎えるFirst day of school。緊張、不安、人見知り9割と、「楽しまねばならぬ」という義務感のような感情、「生き抜いていく」という決意1割。ワクワクの気持ちで新学期を迎えた記憶はあまりない。

コツコツ コツコツ…

運動のため、と駅までヒールで歩くが、足が痛くなるため健康に良いのか悪いのかわからなくなる。

コツコツ コツコツ…

アメリカで過ごしたのはたった3年半程度。意識しないで過ごす3年なんてあっという間だ。

渡米した当時9歳。帰国時は13歳くらいだったか。この4年もない月日が、その後の人生にこれほどまでにインパクトを及ぼすとは思いもしなかった。経験の濃さとその後の影響力は、時間的長さと無関係だ。そんなことをボーと考えながら駅に向かった。

日本に帰国後、中学に通い必死に日本の学校文化に馴染もうともがく中でも、7月を迎えると渡米当初を思い出した。広いフロントヤードを走り回って遊んでいた日々が懐かしみながら、帰国してから過ぎた年月を毎年カウントしていた。1年、2年、3年…。アメリカで過ごした期間と帰国してから経過した月日が並んだ時はっとしたのを覚えている。

鮮明だと思っていた異国での思い出が日本での経験にどんどん上書き保存され、英語力はじめ、様々な記憶をしっかり心に留めておかないとどんどん薄れてきそうだと焦りにも似た感情を感じた。

コツコツ…コツコツ…

帰国後、公立中学に通い始めた私にとってすべてが新鮮。悪く言えばすべてが逆カルチャーショックで、常識だと思っていたものがすべて覆された心地がした。いつの間にか現地校のスタンダードが自分の「常識」と化していた。

授業中、昼食時間、休み時間にトイレに行くことすら先生に厳しく管理されるアメリカ。今考えるとそうでもしないとクラスのコントロールが日本の比でなく取れなくなり、トラブルが多発することに理由があるのだろうと思う。教室内で強力な統率権を持つのが教師だった。授業中私語するなんてdetentionもの、指示や説明を聞き切ったうえで多数の生徒が挙手し次々質疑応答、意見を述べながら展開されるのが、少なくとも私の経験したアメリカの授業だった。小6の一時帰国時、日本の小学校に数週間通った時も、本帰国し中学に行った時も、教室内の空気の緩さ、生徒が私語をする姿、でも意見は全く述べないありさますべてが違和感だった。家に帰ると、「なんで日本の学校はこうなの?」と純粋に疑問で、母に尋ねていたそうだ。

中学生にもなれば立派に友達付き合いのルールが存在し、共通のテレビ番組やドラマの話、はやりものの話題などが共通言語となりそれらに精通していないと話題についていけない。そして中学生女子は特に部活動を中心とした友達グループが存在し、グループを引っ張る者の意見には同調しなければならない。同じ意見であること=仲間意識、安心感。これをアメリカでやったら気持ち悪い以外の何物でもない。お前には個性がないのか?!と笑われることが、日本の学校社会での暗黙のルールだった。

フィットインするのに必死だった私は、最初こそ違和感を感じたもののすぐに順応し、日本で浮かない形で友達を作り、居場所を見出していった。中学はまだ幼馴染もいる小規模校であり楽しかったが、高校の部活仲間とはなかなか合わず苦労した。本来の自分色を出せず、3年間あんなに時間を費やした部活なのにその思い出は正直楽しいものではない。大学に入った時、中高で感じた生きづらさ、狭苦しさから解放された気がした。

今、仕事ではご縁があって帰国生をサポートしている。時短勤務で授業は持てないと絶望していたが、夏の講習会でひっさびさに授業を持つチャンスが巡ってきた。うれしすぎる。そして世界各地で過ごした経験を持つ帰国生を担当できるなんて、楽しみすぎる。夏、授業を通じて基礎力アップを図るのはもちろんだけど、現地校、日本人学校に通う中でのいろんな思いを聞いてみたい。彼らが久しぶりに日本で過ごした際、一番に感じることを聞いてみたい。こうして直接やりとりできるチャンスがありがたい。

照りつける夏本番の日差しとセミのけたたましい音を聞いたとき、彼らに思い出してもらえる授業をしたい。…ちょっとおこがましいな。あまり夏は好きではなかったが、二人の我が子の誕生日もあり近年夏が少し好きになった。今年の夏は、さらに楽しみだ。

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